平成12年くんち

平成12年くんち・五島町


龍踊り

 五島町の町名の由来は、1576年五島家におきた内乱により迫害を受け、長崎に逃れてきた五島領内のキリシタン信者の方達が開いた町であったことから来ているそうです。寛永年間(1624〜)には二つに分かれ、海岸沿いを浦五島町、崖下を本五島町といいましたが、現在は両町あわせて五島町になりました。

 今年の傘鉾は飾(だし)が本五島町、垂(たれ)が浦五島町のものになっています。飾は虫籠に菊とススキが配されています。虫篭は曲線が優美なナツメ形と六角形の二種が重ねられています。本五島町の傘鉾はシーボルト著「日本」でも紹介されているものです。垂に描かれているのは日本三景です。宮島、松島、天の橋立…だと思います。
 五島町さんは今年が初めての龍踊の奉納です。前回までは本踊を奉納されていました。今年は日蘭友好400年の記念の年であり、また辰年も重なった年なのに龍踊を奉納する町が他にありません。県外では「くんち=龍踊」のイメージも根強いので、龍がないのかとがっかりする観光客の方もいるかもしれない…ということで、龍踊に挑戦することを決められたというお話を雑誌で読みました。練習もだいぶ早くからはじめられ、町全体で相当気合を入れて取り組んでおられました。公式サイトはこちらです。
 踊り馬場に龍衆と龍囃子の方々が入場してくる様子は圧巻でした。何と総勢100人ほど。入場の時からすでに龍は首を左右にゆっくりと振り、観客をねめつけているようです。

 はじめに子龍の踊りがありました。幼稚園の年長さんから小学3年生までのお子さんが小さな龍を扱っていました。かなり重そうでした…。踊りはたどたどしくとも、その頑張りは十分観客にひびいて来るものだったと思います。そして何よりも、子供から大人まで、町全体でくんちに参加して一緒に盛り上げていこうという意気込みが素晴らしいと思いました。こんなに盛り上がっているくんちですが、今後も続けていくためにはもっともっと多くのくんちファンを作っていかないとならない時代なのです…。そのためには、なるべく多くの人が直接・間接的にくんちに接して、その魅力を感じることが大事なのだと思います。


 こちらは大人サイズの龍です。重さは150キロもあります。それを10人の龍衆さんが扱います。龍の中でも、特に頭と尾は細かな表情を演出しなくてはならないパートですので難しそうです。

 龍踊というと、やみくもに龍を動かしているだけだと思っていませんか?違うのです。龍踊にはストーリーがあるのです。金色の玉は月を表しています。その月を飲み込もうと、龍が追いかけます。しかし、なかなかつかまりません。途中で龍は月を見失います。とぐろを巻いている、自分の体の下に月が隠れているのです。首を左右に振って探しますが、なかなか見つかりません。
 首を下げて自分の体の下を眺めてみても、今度は月が上に上がっているので見えません。だんだんとイライラしはじめる龍の怒りを、ゆらゆらと揺れる尾で表現します。そしてついに龍が月を見つけ、自分の胴体の下をくぐって追いかけます。この「静」から「動」へ、空気が変る瞬間が最高の見せ場です。胴くぐりは龍衆さんの腕の見せどころ、はじけたように動き出す龍を本物の生き物のように演じなくてはなりません。この緊張感がカッコ良いのです。龍が動き出すと同時に龍囃子も激しくなり、興奮をあおります。

 龍衆さん、囃子方さんの衣装もすべて中国風で素敵です。龍衆さんが腰に下げている黄色の布はイナズマを表しています。黒とのコントラストが美しいです。玉を持つ方の光沢のある黄色い衣装と帽子もかわいいです。


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