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平成14年くんち |
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毎年恒例のくんち見物。いよいよ今年で5年目です。あと残り2年で一巡です。今ではもうこの時期になると、職場では黙ってても私がくんち帰省することが当たり前になっているのがありがたいです。今回はくんち3日間が全部平日だったので、中日の夜までしかいられませんでした。だってさ、後日までいるとしたら絶対最後の最後まで追っかけしなくちゃ気がすまなくなってしまうでしょう。そしたら飛行機に間に合わなくなってしまいます。ですのでここは涙を飲んで中日までとしたのです。 今回も前日朝の公会堂前で奉納踊りを拝見しました。前回の失敗を繰り返さないように用意万端体調も整えて、一番前の席を無事確保しました。ななめ後ろから見る角度なので、実は踊りのフォーメーションなんかはよく見えなかったのですが、前に障害物がないのは気分が良いもんです。
傘鉾はオーソドックスながら気品があってすごく素敵です。上町は諏訪神社のすぐ下に位置する町ですので、飾りの榊はお諏訪さんを象徴しているそうです。鈴から下がった長い布がとっても優美です。そしてなんといっても垂がカッコいい!織りの模様と三社紋がキラキラして、色は渋めなのになんともゴージャス。この朱色とうぐいす色の深さ美しさはまさに日本の色ならでは。 上町の奉納踊りはとってもシンプルな構成になっていました。先曳きもいないので、シャギリの方々が踊り馬場の中心に座ってまず、シャギリを奉納。めずらしくて、なんだか楽しい気分です。撒きものの手拭いは和傘柄。踊りに使う傘ですね。庭先回りの移動中にもさしたりします。図柄は並んだ傘を上から見た図になっていて、とってもいなせです。私の真後ろのオバチャンがなかなか強引で「ダンナしゃま〜 こっちにちょうだい〜!」と絶叫してくれたおかげか、私も町の役員のおじ様から手渡しで撒き手拭いをいただいてしまいました。オバチャンさんきう〜。
以前は本踊りというと検番さんに頼んで出演してもらっていた場合が多かったそうなのですが、近年は検番さんの人数が少なくなったこともあり、日舞教室の生徒さんにお願いしたり、町内の独身女性に踊りの稽古をつけて出演してもらうというパターンがほとんどです。今回、検番さんが出演されたのは5年ぶり。つまり、私がくんちに通い始めた前の年に出られたのが最後だったんですね。上町の本踊りに出られるのは14年ぶりとのことです。 検番さんはやはり衣装をつけて人前に出ている時間が長く、慣れていらっしゃいますから、踊っている時以外でも所作がとても粋です。長い間に身についた芸というのは流石だなあと思わせられます。
油屋町の傘鉾は明治の始めに長崎の女傑・大浦お慶さんが寄贈した話が有名です。郷土史家の越中先生によると、お茶の輸出で財を成し(もともとは油問屋さんです)、志士達を援助した彼女は明治政府から感謝状をもらいました(本人は勲章を希望したのだけど、女だからという理由でもらえなかったらしい)。その時に記念に傘鉾を京都で作らせ、町に寄贈したとのことです。 今回の傘鉾がその傘鉾であるかはさだかでありませんが、先生によると、垂はお慶さんのものだとか…?「いかにもお慶さんらしか、すっとして豪快な柄でしょう!」とのことでした。 飾りの稲穂は油屋町に昔は田んぼが多かったことのなごりだそうです。輪もしめ縄になっていて、ナイスコーディネイトですね。金の宝珠がかわいいです。私が観ていた前日の公会堂で、この傘鉾が転倒して飾部分が破損してしまいました。目の前の突然の出来事にびっくりして証拠画像もなにもないんですが。 油屋町の川船は昭和48年がデビュー。魚の町に習ってはじめたそうです。今は地下にもぐって目立ちませんが、油屋町には川があるんですよ。手拭いのデザインも玉帯川と橋の欄干を簡略化したもので、すっきりと粋なんです。
舟唄を歌いながら踊り馬場にやってくるんですが、この根曳きさんの唄がいかにも漁師っぽくって良いんですよ。町内のお米屋さんの作詞作曲なのだそうです。 今回の船頭さんは飾り船頭さんと網打ち船頭さんの兼務でした。網打ちするにはまだ小さいかな、と思われましたが、余計なお世話でした。堂々とした演技で立派なものでした。うまく全部の魚が網に入った時、ちょっと嬉しそうな顔をしたのがかわいかったです。写真の網打ちシーン、船の前方に並んだ根曳きさんの衣装が川と波をイメージさせてきれいでしょう。 元船町(唐人船) 諏訪神社のお旅所がある元船町です。お旅所での奉納踊りは地元でさぞかし盛りあがったんだろうなあ〜。昔、波止場だったところです。唐人船というものいかにも昔の長崎っぽくていいですね。しかも今回日中国交正常化30周年ということもあって、中国の領事さんも会場に招待されていました。手拭いは唐人船の絵です。色数が多いので、プリントでしょうか。撒きものの結んだ手拭いには、中国のお菓子“よりより”がはさんでありました!
傘鉾は竜宮門の前に立つ千里眼と順風耳。どちらも航海の守り神・媽姐(まそ)様の親衛隊ですね。銀の波がゆらゆらします。全体に色使いがポップでキュートな感じです。
唐人船は赤・白・黒の色が鮮やかで、帆がぱたぱたするところがとってもそれらしく、白石一郎の海洋小説ファンとしては、見てるだけでわくわくさせられます。目玉みたいなのが描いてあるところもいいです。船の上には媽姐様が祭られています。中に乗っている囃子方の子供達が鳴らす音楽も龍(じゃ)囃子のようです。龍踊りでおなじみの細長いバチで叩く、パラパラという音のする太鼓(その名もパラパラ)も乗っています。その子供達がまた、とっても真剣なんです。揺れる船をものともしていない様子で演奏している表情は、きりっとしていて美しかったです。思わず目頭が熱くなります。 今回初登場の船回しの新技・ドラゴンは公会堂では見ることができなかったですが(やってなかったよね?狭いし…)、お諏訪さんでの様子をビデオで後日確認しました。この技は船を回転しながら徐々に前に進むというもので、間近で見たらすごい迫力だと思いますよ。
傘鉾、すごいですよ〜。お能や歌舞伎でおなじみの「小鍛冶」のお話をモチーフにしたカラクリ人形が乗っかってるんですもの。ちなみに私以前歌舞伎座にて三條小鍛冶=勘九郎、狐=猿之助で観ましたが、あまりに踊りが素晴らしくて泣きましたよ。猿之助すごいよ…普段はケレン味が強すぎて嫌いなんだけどさ。うまいよねえ。話がそれた。 どういうお話かというと、刀鍛冶が大事な刀を作らなくちゃいけないのに相槌を打てるものがおらず、困って稲荷明神に祈願してみたところ、童子(実は狐)がやってきて手伝ってくれる…と、だいたいそんな感じです。 カラクリでは、小鍛冶が槌をカンカンと打つと、それを見ている童子の顔が狐に変わります。画像でお分かりいただけるでしょうか? 左は童子の顔、右は狐の顔になっています。口元がとんがっているでしょう。 飾りも魅力的ですが垂もゴージャスですよ。七福神が織り込まれているつづれ織りです。近くで見ると、その織りの技術の精巧さがよくわかります。
踊り馬場に宝船がやってくる時のめでたさったらないですよ!「寶」と書かれた大きな帆を背に七福神が勢揃いして乗っかってるんですから。あまりの豪華さに思わず有難い気持ちで手をあわせてしまいそうになります。手拭いもこの帆と七福神を染め抜きしたデザインです。実は鍛冶屋町の撒きものはキャッチしそこねてしまったのですが、後日囃子方としてご子息が出演してらしたおさむさんからいただいてしまいました。七福神が踊りに使っていたおそろいの扇子まで! 感激です。ありがとうございました。
七福神もほぼ全員藤間の名取りさんなので、踊りも上手です。衣装もそれぞれとっても素敵です。注目は靴。おそらくキャラクター的に草履を履いていたり裸足だったりする神様もいるのでしょうが、ここの神様達は庭先回りなどもなさりますから、歩きやすそうな靴を履いていらっしゃいます。でも、ただのクツではないですよ。室内履き風の靴なのですが、着物の共布を使ったり、ファー付き(毘沙門天)だったり、衣装にあわせて違和感のないようなデザインになっており、目を惹きました。 踊りの後はいよいよ宝船です。宝物がいっぱい乗った船は重そうで、回すのも大変そうです。大きな帆がはためき、提灯がゆれ、豪快な船回しです。
傘鉾はオーソドックスな印象。飾りは三種の神器、輪はしめ縄、垂は朱色に金で三社紋と鯛です。神々しい感じですね。手拭いは龍がカラフルに描かれたもの。プリントかな? 筑後町の龍踊、豪華ですよ。だって龍が3匹もいるんですから。青龍(緑色のやつ)が2匹、片方は黒髪、もう一方は白髪です。あと白龍が1匹。なんと龍方は総勢56人もいらっしゃるのだとか。囃子方もたくさんで壮観ですよ。長ラッパも他の龍踊を奉納される町よりも多いのではないでしょうか。しかもとても上手です。あ、そうか。龍が3匹もいますから、龍の鳴き声を表現する楽器である長ラッパが多いのもなるほどそうですね。 複数の龍がいる場合、もちろん観ている方は共演を期待してしまいます。今回は3匹が同時に登場してずぐらの形(とぐろを巻いている状態)になり、同じタイミングで玉を見つけて玉追いをしたり、踊り馬場をめいいっぱい使った演出がみられました。 他の町の龍に比べて胴体が多少スリムに見えましたが、それは3匹が一緒に踊りやすいようにしてあるためかもしれません。くんちの龍踊を楽しみに長崎にやってきた観光客の方もびっくりするような迫力のある奉納踊りだったと思います。
さて、公会堂前の会場を出てからは、いつもの三八ラーメンにてお昼を食し、お旅所付近をフラフラ。出店を冷やかしながら歩きます。母上と一緒に「玉使い(龍が追いかける玉を持ってる人)のあのお兄さんカッコいいよねー」とか、そんな話をしながら各踊町が一息ついている様子や庭先回りを見物しました。さっきは遠い存在に思えたきれいな衣装の踊り手さんや船が間近で見られる幸せ。雑談しながら移動していた七福神さんたちもすごくかわいかったですよ。龍がトラックの荷台に格納される場面も目撃しちゃいました。 年々出店の数が少なくなっているという話を聞きますが、確かにちょっと減ったかなあという印象です。それでも数はけっこう出ているのですが、バラエティーにもっと工夫があったほうが楽しいかなと思います。同じようなお店が多いかも。去年出ていたというウワサの“うずらすくい”のお店、今回も見かけなかったなあ。 そうそう、いつも中島川沿いに来ていた南極体験バスや移動オバケ屋敷がなくなっていたのが寂しかったです(一度も自分で入ったことはないけど)。おそらく長崎のちびっ子達にとっては「怖そうだけど気になる」存在だったと思うのですよ。そういう思い出って、日本の子供に必要でしょ。
時間を見計らって市役所前あたりでお下りを見物。今年は傘鉾パレードもばっちり観ましたよ。県庁坂付近に比べて見物人が少ないので、写真もよく撮れます。朝、公会堂前で転倒してしまった傘鉾も、修繕されて元気にたくさん回っていました。ところどころで立ち止まって、すべての傘鉾が同時に回る姿は壮観です。鍛冶屋町のカラクリ傘鉾も近くで観られるし、ギャラリーは大喜びでした。 昔は傘鉾も庭先回りをしていたそうですが、現在は見られません。さぞかし大変だったろうなあと思います。今も大変ですよね。本番の本数も増えたし、パレードでも長距離歩かなくちゃだし…。でも、参加してらっしゃる方はみんな楽しそう。いいなあ。
中日は庭先回りを探して町をウロウロ。音を頼りに移動します。油屋町あたりで羽織袴姿の鍛冶屋町の役員の方が庭先回りの下準備をされている所に行きあたりました。これ幸いと「傘鉾はどこにいますか?」と質問しましたところ「うちの傘鉾観たいですか?これから中央公園でやりますから行ってください!」と、とても嬉しそうに教えてくださいました。「中川組さんは上手に扱ってらっしゃいますね」と申し上げましたところ、「そうでしょう!でも、傘鉾が大人気すぎて踊りの時間が短くなっちゃって大変なんですよお」と、ぼやきつつも誇らしげでいらっしゃいました。 さっそく中央公園に移動。運良く鍛冶屋町さんが出番待ちをしているところでした。実は鍛冶屋町の傘鉾を担当していらっしゃる中川組の方とは掲示板でお話しをしたことがあるのです。勇気を出して声をかけてみました。いきなり本番前にやってきた私にみなさんとっても親切にしてくださって、記念撮影させていただいたり、傘鉾の中に入れていただいたり! 本当にどうもありがとうございました。前厄も吹っ飛ぶくらい縁起が良いぞ!(記念撮影の模様はいつものヒヨコページにて公開中) そんなこんなで5年目も無事にめでたく体験しました。さあ、あと2年でくんちコンプリート!
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